この本を見つけたのは7、8年くらい前に、ラオスとの国境にあるタイの町、ノーンカーイの古いゲストハウスに泊まったときです。
ゲストハウスの棚に置いてあったこの本を見つけ、少し読んでいるうちに、これはすごい本だぞ!ぜひ持って帰って読みたいと思ったんですが、勝手に人様の本を持ち帰るのは小悪党の私でも気がとがめます。
そこで、そのときに読んでいた東野圭吾の小説をとっとと読み終え、それを代わりに本棚に入れ、この本をもらいうけました。これで私的には罪悪感は解消されました。(泥棒です)
そんなしょうもないエピソードはさておいて。
タイトルでもうお分かりかと思いますが、断食に関する本で、1973年に第一版が発行されたすごく古い本です。断食とはいわゆる物を食べずに我慢するアレですが、ただの無茶で過激なダイエットだと思われている方も少なくないかもしれません。実は私もそうでした。
しかしそれでもいいと思うんです。だって丈夫で健康な人達には断食なんて必要ないんですから。なぜなら断食とは、病弱で不健康で健康に問題を抱えた人が、体質を改善するためのものですから。
著者の甲田光雄さんは、今はもうお亡くなりになってこの世にはいませんが、大阪出身で、幼少の頃から慢性の胃腸炎や様々な病気を患っていて、著者自身も非常に病弱だったようです。
学生時代も肝炎などに苦しみ、阪大医学部に入学するんですが病気で休学してしまいます。そして休学中に現代医学(西洋医学)では自分の病気を治すことはできないと絶望し、それから自然医学(断食療法など)へと転向したところ、体調がどんどん良くなっていきます。
そして無事医学部を卒業したあとも、断食療法や様々な自然療法を研究し、実践した人なのです。
自然療法の創始者などには、自分自身か、近縁者(子供や家族)が難病を患っていたという人が非常に多いと思います。
その病気が現代医学ではどうやったって治らないから、自分自身で藁にもすがる思いで、色々な事を試したり研究したりして、いつのまにか新しい医療体系を作り出していたというパターンです。
こういう自然療法、民間療法は非常に胡散臭いと思われているんですが、それもしょうがないと思います。
まず元気な人は必要ないですから、そういう物をすごく遠くから眺めている。
そして病気の人は治りたい一心で、それが自分の病気や体質に合っているかなどは気にせずに没頭してしまい、結局合わずに効果が出ない。
それを遠目で見ていた人達が周りに吹聴していく。そんな悪循環があるんじゃないかと私は思います。
現にこの本にも、断食っていうのはやり方を間違うと逆に体を壊すから、気をつけろ!と何度も警告されているにもかかわらず、それを自分の素人判断でやって体を悪くする人が必ずいるんです。
はい、それが私です!!
私もこれを読んだ当時、ものすごく感心して、自分で色々とやってみたんですが、体は以前より弱くなり、がっつり痩せてしまいました。恥ずかしいので詳細は書きませんが、私はこれらを間違って行う怖さを誰よりも知っているつもりです。
そして最近久しぶりに改めてこの本を読み返したんですが、自分の愚かさがよくわかりました。
前置きが長くなりましたが、さっそく内容について触れて行きます。
「非合理の中に体質改善の決め手がある」
甲田さんは、色々な療法を研究した結果、虚弱体質を健康体へ改善する方法はたくさんあって、非常に複雑に見えるけれど、その裏に一つの法則があるということを見つけ出しました。
その法則とは。
各種の体質を改造するキメ手は、すべて一般の常識から考えて合理的だと思われるもの、すなわち、どこまでも理論が通っているものの中には見いだされない。むしろ、一般には非常識であり、理屈に合わないと思われる矛盾した面、すなわち、非合理的と思われるものの中にこそ見いだされる。
!!????
言葉の意味はよくわからんがとにかくすごい自信だ!
どういう事かと言いますと、たとえば「腹が減っても食べるな」というのは、理屈が通らずとても非合理的ですね。
しかし「腹が減ったら飯を食うという」というのは理にかなっていて合理的です。これは西洋の科学も同じで、とても筋が通っています。
しかし、そんな合理的な方法では、あまり顕著に体質の改善はみられません。
ところが「腹が減っても飯を食わない」という非合理的で矛盾したやり方が、なぜか体質を改善してしまうというのです。
たとえば冷え性の人が、体質を変えて強い体になりたいと思った場合。
何枚も重ね着していれば、寒さを感じず風邪なども引きません。しかしこれではいつまでたっても重ね着王子と世間にせせら笑われながら、死ぬまで生きて行かねばなりません。
それを改善するには「寒いのに冷やす」という一見、非合理的な方法だというのです。
例えば、冷える体で冷水浴をしてみたり、勇気を出して滝に打たれてみたり、寒いなか真っ裸で外に飛び出して電柱にしがみついたり。
ここで注意です!
ここで、そうか!なるほど!と言って無我夢中でこれをやってしまっては風邪をひいて病状が悪化し、警察にもつかまってしまうのです私のように。
だから甲田さんは、たとえば冷水浴をやるならば、こういう情況で、冷水に何秒つかり、その後毛布にくるまって体を温めること何分、これを週に何度やり、それを何年続けることで、体質が改善されるという事を、自分の研究と結果に基づいてきちんと書いています。
せっかちは百害あって一利無しなのですね。
断食療法というのもこれとほぼ同じことです。
体に不調があり体質改善が必要なときには、体を甘やかさずにあえていじめてみるのです。
たとえばいつも食べていた栄養たっぷりの物を、少しずつ食べる量を減らしていく。そうすると体は、あれ?最近あんま良い物入ってこないな?っていうか量自体すごく少なくない?どうしたの?大飢饉?マジで?やばいな、これは本気になって栄養吸収しないと死ぬぞ、しゃあねえいっちょ本気に働いたるか!となり、今までより栄養の吸収率がよくなったり、内蔵の働きが向上するというわけです。
本の中からいくつかお言葉を抜粋したいと思います。
食べて太るという考え方は合理的で正しいようにみえますが、食べた物が、全部身につくものではないという一面を見逃してはなりません。食べたものが全部身につくためには、胃腸の消化吸収力を高める以外にありません。
世間一般で非合理的と思われる方法で生体をいじめてやると、それに反発して、生体は渾身の力をふりしぼって、生きようともがきます。このもがく力がその生体の体質を根本的に改造する原動力となるのです。
入ってくる食糧が少ないときは、その分量でやりくり算段してゆかねばなりませんから、からだの方でやむなく、それでやってゆけるような仕組みに変わらざるを得ないのです。
私は医者でも博識でもないので、こんな事が体内で本当に起こるかどうか、保証することはできません。しかし、たった40年ですが、今までの人生で色んな経験をしてきた身としては、非常に腑に落ちる理論です。この世の中の法則ってたしかにそうだよなと思うのです。
他にも甲田さんは、この一見非合理に見えるがそこに改善のキメ手がある理論を応用して、「相性の合わない夫婦で性格を変える話し」や「かわいい子には旅をさせろ」というテーマにも触れています。
自分の性格を改造することを望まず安易な生涯を送りたいものは、極めて相性のよい異性と結婚すればよろしい。もし相性の合わない異性と結婚すればすぐ離婚沙汰になってしまうでしょう。一方なんとかして自分の性格を改造したいと願っている人は、むしろ少しくらい相性の合わない異性と結婚するほうが、かえってよいのではないかと思うのです。
まだ幼い子供の頃に親の手もとから離されて遠い異郷に育ち、困難辛苦をなめている間に、不屈の精神力が淘治されて世の成功者となった人が少なくありません。
いやいや、私はこのままの性格で死ぬまで生きていくのでいいです。うちの子はそんな成功者なんかになってくれなくてもいいから、暖かい家庭で普通の子に育てたいんです。そう思う方も多いと思いますが、はたして本当にそれが通る世の中、というか世界なのでしょうかここは。
さてここまで書いたことは、まだほんの序章でして、他にも体質改善についての様々な事が書かれてあります。
参考に少し目次を載せておきます。
ここまで、非合理的な事がいかに問題の改善に役立つかというポイントに着目してきました。しかし甲田さんがしつこく書いていたのは、やはり生活の中での基本はあくまでも合理的な事だという事です。
寒い日は熱い日よりも服を着て、体を冷やさない。消化されにくい物はよく噛んで食べて、消化を助ける。臭いと思うものは、体に良くない菌が繁殖しているので食べない。
こう言う事はまず認めて、その上で断食療法などを応用して、体質の改善に向かうことができる。
合理的な生活と、非合理的な矛盾の生活、この2つが調和を保つことによって、はじめて健康増進と体質改善をの目標を達することができる。どちらか1つの法則だけを重視するといことが、バランスをくずし様々な問題を生み出すのだ、と。
ああ耳が痛い!!
そしてこうも書いています。
宗教家たちが古来、この非合理的な矛盾の面を強調してこられたのは、人間には元来、合理的な法則に従う動物的本能を本質的に持っているから、いまさらこれを強調する必要はない、それよりも理性に目覚めて意識的に努力して行うべきは、非合理的な矛盾の法則であると悟り、ことさらにこの面を強調されたわけであります。
この本はただ単に健康のことだけにとどまらず、今の物が溢れて便利になった飽食の時代に、現代人が忘れてしまった大切な物を教えてくれているような気がします。
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