シンガポール漂流生活

シンガポール在住歴12年、日本語教えたり、絵描いたりして、なんとなく生きてます。

日本人ははたして本気で言っているのか

この間、マレーシア人の友人からメッセージが来たんですが、あるFacebookの記事が添付されていて「これ本当なの?」という文字が添えられていました。

 

中国語の記事だったのですが、ざっとを読んで見ると、どうやら日本人のコミュニケーションスタイルに関するある特徴について書かれていました。

内容がだいたいわかったので、すぐ返事をしてあげたんですが、そのあと勉強ついでに(中国語独学中)頑張って日本語に翻訳してみました。

 

ある中華系の男性(たぶん台湾人)による「日本人の考え方」の考察です。

非っ常に拙い翻訳ですが、興味がある人はぜひ一読あれ。

 

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【 日本人の深層心理 】

 

ある親友が私に質問してきました。

「昨日、日本人のママに会って少し話しをしたんですが、彼女が『また一緒にご飯でも食べましょう』と言ったんです。これは表面上のお誘いですか?それとも本気で言ってくれているのですか?私は本気で彼女を誘いたいんですが、変な人だなと思われるのが怖いんです。」

 

私はそれを聞いて爆笑しました。(彼女もくだらないねといって笑い返しました)

私が笑ったのは、これは本当に日本人でも悩むことだからです。

 

いったい相手はただの社交辞令なのか、本当に私と友だちになりたいのか。もしお互いの事をもっと知りたかったら、どうのように誘ってみるのが良いでしょう。その方法を考えてみましょう。

 

私たちがよく見る日本の映画やドラマや漫画で、もし誰かが好きな相手を映画に誘いたかったら、どうするか覚えていますか?

「ねえ、私ちょうど友だちから映画のチケットを2枚もらたんです。この映画すごく面白いみたいですよ。知ってますか?」

「ああ、あの映画ですね。私も面白いと聞きました。私も見に行くつもりです。」

「本当ですか!?じゃあちょうど見に行く相手がまだ見つかってないんで、一緒に行きませんか?」

「それはいいですね。じゃあ私はご飯をごちそうしますよ。」

 

このような会話をよく聞きませんか?

 

【日本人的深心理】

我的好朋友我:「我昨天遇到一个日本妈妈 聊一聊她可以再

种通常是表面话还是真的啊?我真的蛮想去她的 但又怕人家得我很怪。 」

我听完大笑(她回我笑屁呀)

我会笑,是因为这真的也是日本人会烦恼的。

到底方只是酬客套,是也想交个朋友呢?

如果我着多认识对方一下,怎么约对方出去比好?

可以个方式思考。

们记得,我看的日本影或日、漫画,

如果一个人想象去看影,

会怎么

「呃,那个,我好有朋友送我两张电影票,听影很好看,你得呢?」

「喔喔,那影呀,听很好看,我也打算去看呢?」

「真的啊!那,我好也不得找哪个朋友去看,我要不要一起去看呢?」

这样子呀,好啊,不然我你吃个?」

这样对话是不是很耳熟?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

彼らのロジックは実はこんな感じです。

日本人はあまりストレートに「私は何々がしたい」とは言いません。

彼らは「あなたとご飯を食べたいんですけど。」などという言い方はしません。

なぜなら彼らは良い人と思われたいので「いやです」と言うのを避けますから、ストレートに「どうですか?」と聞かれると、「はい・・・」と答えるしかないのです。

 

ですから、日本のドラマ【カルテット】の中にこんな場面があります。

彼らが(食べ物の上に)レモンを搾るべきかどうかを話し合っているときです。

 

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高橋一生:「きみたち、レモンを搾るかどうか、あまりストレートに聞くべきじゃないよ。これじゃあ受け身を強いることになるじゃないか?」「私たちの年代は、こういう場面に遭遇するとみんな決まってこう言うんだよ『あ!ここにレモンがありますよ。』」

松たか子:(それに調子を合わせて)「あ、レモンがありますねぇ。」

高橋一生:「じゃあ、どうしましょうか?」

松たか子:「うーん、じゃあレモンを搾りましょうか?」

高橋一生:「そうですね。じゃあ搾りましょうか。」

 

この会話の意味がわかりましたか?

彼らはストレートに決める感じが好きじゃないし、決められる感じも嫌いなのです。

だから会話のプロセスは往々にして

 

1、現在、ある特定の状況がある

(レモンがあるよ!映画のチケットが2枚あるよ!最終電車が行ってしまった!w)

2、一緒に話し合う

(うーん、じゃあどうしようか?あの映画は面白いみたいですね。)

3、相手の心意を推測し、自分の気持ちも考え、折り合いをつける

(わたしは(レモンを)かけるけど、あなたは?じゃあ一緒に見に行きませんか?私はご飯をおごりますよ。それじゃあ、どこか少し休める所を探しましょうか?)

 

他们的逻辑其实是这样的:

日本人不太会直接说「我想要…」或「我要做什么」,

他们不把话说死,不会说「我想找你吃饭,好不好?」

因为,他们都想当个好人,很排斥说「不,不要」,

所以如果被直接问「好不好?」,

他们也只能选择答应。

这就是为什么日剧<四重奏>里面,

他们在讨论要不要挤柠檬时,

高桥一生会说:

「你不可以直接问要不要挤柠檬,

 这样我不就被迫要防守了吗? 」

「在我们的年代,遇到这种场面时,

 我们一定会说『啊,这里有柠檬呢! 』」

松隆子也附和:「是啊,有柠檬呢」

高桥一生:「那,我们怎么处理?」

松隆子:「嗯,那我们来挤柠檬如何呢?」

高桥一生:「嗯,好,我们来挤吧!」

你们看出里面的梗了吗?

他们不喜欢直接做决定的感觉,

也讨厌被迫做决定的感觉。

所以步骤往往是…

一、目前有某个状况呢

 (有檬呢!有两张电影票呢!末班电车跑掉了呢XD)

二、一起讨论

 (,那怎么呢?/那部影听好像不呢)

三、揣摩方心意,考量自己的感想,出一个折衷

 (那,我个人是可以加啦,你呢?

  那,不然我一起去看呢?我可以

  …不然我找个地方休息一下呢? )

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   

最初の話に戻って、日本人のママがまた会いましょうと言って、あなたが本当にまた会ってお話ししたいと思ったとき、どうしますか?

 

まずはある情況を投げかけます。

「最近友だちから、天母(台湾のある地区)に美味しいカレー屋があるって聞いたんですけど。(実はその店は自分で調べました)」

 

それから二人での話し合いに入ります。

「はいはいはい、私もその店聞いたことがあります。すごく美味しいって。」

「え!本当ですか?なら私も食べてみたいなぁ。」

「そうですね。私も食べてみたいです。」

 

話がこうなったら、お互いの間で結論が出たも同然でしょう。これが日本人の一番好きな状態です。誰も主導を握っておらず、みんなが話し合いのプロセスに満足して、合理的な結論を出せる。

 

回到最前面的故事,

当日本妈妈说,下次可以再

而我真的想她出去再聊聊

怎么呢?

出一个状况:

「我最近好听朋友,天母有一家很好吃的咖喱饭呢」

(其那家店根本是你自己的。)

接着入两人讨论

「有有有,我有听那家店,据很好吃」

「啊,真的呀,那我蛮想试试看的」

「是吼,我也想去吃吃看」

这时候,

好像彼此之有一个结论呼之欲出,

就是日本人最喜的状了,

不是某个人主

而是大家一起有一个意的讨论过程,

意且合理的结论

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

こんな時は、こう言います。

「じゃあ、いつ食べに行きましょうか?」

いつ食べに行くかであって、今週食べに行きましょうではないことを、忘れないでください。

なぜなら、今週行きましょうと言うとまたあなたが主導を握ってしまい、相手が気軽に断れる機会を与えないからです。

だから、誘うときは十分な余裕を与えましょう。

 

「うんうん、いいですね。それじゃあですね、私は来週の水曜と金曜が空いてますけど、あなたは?」

(注:また情況を投かけるだけで、結論は出しません)

「ああ、いいですね、私もちょうど来週の水曜日空いてます。じゃあ水曜日に食べにいきましょうか?」

「そうしましょう!」

 

这时候,就再

「那,我『找一天』去吃如何?」

得,是「找一天」去吃,

而不是「个礼拜去吃」。

你只要礼拜去吃」,

就又成你在主

而没有留下让对松脱身的机会。

所以,候,要一个很松的时间

嗯嗯,好呀,我想想喔,

 我下礼拜三和五有空,你呢? 」

(注:又是一个状况,不给结论

「啊,好巧,我好下礼拜三有个空档呢,

 那,我礼拜三去吃好不好? 」

「好啊!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

結論

この会話を読んで、少し疲れませんでしたか?w

でも実はそんなに難しくはありません。

秘訣は、その情況に応じた質問を投げかけ、どうしようか一緒に話し合うのです。

「あれ?ここにレモンがあるよ。」

「友だちが映画のチケットを2枚くれたんだけど。」

「天母に美味しいカレーの店があるらしいよ。」

こんな感じでいいんですよ。

 

结论

看完对话

是不是得有点累XDDD

诀窍就是抛出一个情况

和他讨论怎么

像是「哎呀,有檬呢」

「我朋友我两张电影票」

「听天母有家很好吃的咖喱饭

这样子就好

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

以上が記事の内容になります。

 

私は友だちに、この記事に書かれている事は、だいたい本当だと思うよ、と返事をしたら、友だちはマジで!?でもヤンピンさんはそんな事ぜんぜんないじゃん!、と言ってたので、シンガポールに流れ着くような日本人は、かなり変わった日本人だから、これには当てはまらないのかもね、と言っておきました。

 

相手の言い方から察して、たぶんこのような性格やコミュニケーション法は、あまり道徳的に良くないと思われている(少なくとも彼にとっては)ように感じました。

たしかに、細かい所に気がつくのは良い事だと思いますが、神経質すぎたり相手にも同じ行為を強いるのは、お互いにとってあまり良くないように思います。

 

空気を読む」というのが今や日本人社会で生きていくには欠かせない条件になりつつありますが、あえてその空気に反した事をやってみるくらいのガッツや勇気の方が、このシビアな世界を生き抜くためには必要なんじゃないでしょうか。

 

波風立てなきゃ

前には進めん

 

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